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ミャンマーヤンゴンのTokyo Coffee Car &Barにてスタッフと
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コーヒーを飲めない私が、なぜミャンマーでカフェをオープンしたのか

コーヒーを飲めなかった私がミャンマーにカフェをオープンした経緯

2017年4月、ミャンマーにカフェをオープンしました。

ミャンマーヤンゴンのTokyo cofee cafe & Bar店内の様子

インドで1年間暮らしていた時に、お世話になったインドに恩返しがしたい、いつか子供のための施設を作りたいと思っていたのがきっかけです。

ある日、「ミャンマーで親のない子供の働く場所を作りたい」とミャンマー人の友人から話がありました。

ずっとインドで何か活動できたらいいな、と考えていた私は場所をインドにこだわらなくても、ボランティアで応援できることがあれば是非したいな、と思いました。

元々軍事政権だったミャンマー。

裕福だった友人は、ある日突然父親を刑務所に連れていかれて、財産は没収。

一家の働き手を突然失った家族に仕送りするために、日本に来たとのことでした。

「今は軍事政権も収まって、ミャンマーに帰っても安全だから、今やっているミャンマーレストランを閉じて帰国する。」とのこと。

 

ずっとお世話になっている目黒にある喫茶店オーナーの事を「お父さん」と呼んで慕っていて、年老いた彼を日本に置いていけないから、一緒にカフェをやるということでした。

Tokyo Coffee Cafe &Barのマスター

「すごくいいね!応援するよ!」と私。

 

ところが帰国後、数か月後経ってもカフェをオープンする話は進んでいないようでした。

そんな彼女を訪ねてミャンマーに遊びに行った時、車で各地を旅行しました。

ミャンマー人の友人と私

ミャンマーを旅して感じた事。

50年以上続いた軍事政権の間に伝統文化が破壊されて、お土産を買おうにも何もない・・・

(結局は精製されいないミャンマーのお砂糖を買いました。)

 

軍事政権の時代には、文化人やお金持ちはいきなり逮捕され、私有財産を全て没収されたそうです。

広がるのどかな田園風景の中で、やせた牛たち。

日本とは全く違う日常に、軍事政権の爪痕をひしひしと感じました。

 

そうやって旅している途中、コーヒー畑を見に行ったりコーヒー事業の打ち合わせに参加しているうちに、コーヒー事業にワクワクしている自分に気付きました。

ミャンマーのコーヒー農園にて

目黒でカフェを50年やっていたマスターとミャンマー人の友人をサポートする形で、私とそれからマスターのファンだという恵比寿にある会社の社長さん、二人で資金を出し合ってカフェをオープンさせることにしました!

ミャンマーヤンゴンのTokyo Coffee Car &Barにてスタッフと

コーヒーが飲めなかった私が、まさかコーヒー事業を手掛けることになるとは・・・

人生は驚きの連続ですね!

 

ミャンマーまで物件を探しに行って、ミャンマーの竹下通り(笑)といわれる場所にカフェの場所を見つけました。

ミャンマーにあるTokyo Coffee Cafe &Barの外観

ミャンマーではおしゃれな外資系カフェでも、エスプレッソをお湯で薄めていました。

現地の人達はインスタントコーヒーにミルクとお砂糖がミックスされているものが最初から出てきて、現地のお菓子と一緒におしゃべりする。

そんなカフェ文化だったので、日本のドリップ文化を広めよう!ということでお店の名前はTokyo Coffee Café & Barとしました。

 

素敵なパッケージデザインも出来上がって、ついにスタート!

オープンして間もなく、ミャンマーまでカフェの様子を見に行ったら、日本人のたまり場になってました。

 

ミャンマーの子供たちに無償で教育を届けたい!と教育のプラットフォームを創っている大学生の人や、異国で頑張ってる日本人の方々との出会いに「素敵な場所を作れたな~!」とうれしくなりました。

 

また、親のない子や村出身の貧しい子を雇用したと聞いたのですが、みんなシャイながらもとっても明るく、親に仕送りができるようになったと喜んでました。

ミャンマー人スタッフ

コーヒー畑も購入し、いつかミャンマーの豆を日本でも販売したいな、と夢が広がってました。

ミャンマーでのコーヒー畑

突然の閉店~私の想い

ところが残念ながらミャンマーの政治的な事情もあり、カフェは2021年にクローズとなってしまいました。

 

短い間でしたが、親のない子供たちの働く場所を提供できたこと、やろうと思った事をやり切れたこと、海外でビジネスする大変さを経験できたこと、などたくさんのギフトをもらいました。

 

お店とお金はなくなってしまったけれど、何をやり遂げた経験は何者にも代え難い財産です。

焙煎機を日本から送ったり、物件探しにミャンマーへ行き来したり、我ながらよくがんばったたな~と思います。

焙煎機をミャンマーへ送る様子

軍事政権が終わると思いきや、一気に逆戻りしてしまったミャンマー。

一日も早く、平和で幸せな日常がミャンマーに戻るよう、お祈りしています。

 

宇宙からのメッセージ

無謀とも言えるいきなりのコーヒー事業に周りの人達からは反対されました。

ただ、私はどうしてもやりたいと思う理由があったのです。

 

ミャンマーでお寺にお参りに行くたびに、神様から「この人達を助けなさい」とメッセージを受け取りました。

「私が助けられるなら、お手伝いしたい!」その時、ミャンマーでカフェをオープンすることは宇宙から与えられたお仕事だと感じました。

 

また、ミャンマーに送った焙煎機は送料含めて200万円だったのですが、ある日「2万ドルが当選しましたよ!」と銀行に200万円が振り込まれました。

自分が飲んでいるノニジュースの世界的なくじに自動エントリーされて、世界でたった一人の当選だったそうです。

私は焙煎機代が神様から振り込まれたんだなと思いました。

 

そんなある日、スピリチュアルなハンコ屋さん、山本印店を紹介されました。

このハンコ屋さんは、自分が使っているハンコを持参するとリーディングしてくれて、その人にピッタリのハンコを作ってくれる不思議なハンコ屋さんです。

山本印店のサイトはこちら

「12時ちょうどに電話で予約を取るけど、電話がなかなかつながらないよ」

と聞いていたのですが、2回電話しただけで繋がったので、ご縁を感じて伺いました。

 

持参したハンコを見るなり

 

「あなた人のためにボランティアみたいな人生送ってるね!稼いでも全部人のために使っちゃうんだね。こういう人生もいいかもしれないね。周りの人が助けてくれるよ。」

 

ミャンマーの事があった私は内心「うう、これからはちゃんと自分のためにお金貯めるぞー」と思ったのでした(笑)

同時に、やっぱり宇宙から私は見守られてるし、自分らしい人生、子供や周りの人の幸せのためにこれからも生きていきたい!と改めて感じました。

次の夢

以前の私は、インドでお世話になったのでインドで弱者だった女性や子供を助けるお手伝いをしたいと考えていました。

カフェは残念ながらクローズとなりましたが、今は別の夢ができました。

1つは、世界中の子供たち誰もが学べる無料の教育プラットフォームを作る事業をサポートすること。

そして、今住んでいる国、日本を元気にするために農薬を使わない野菜を作ってみんなが安心して暮らせる場所を作りたい。

そして、動物の殺処分を減らしたいと今は募金を続けているのですが、保護犬のためのスペースもそこに作りたい。

次の夢に向かって走り出しています。