スピリチュアルな探求を続けていると、さまざまな瞑想法やエネルギーワークに出会います。
私もこれまで長くスピリチュアルな学びを続けてきましたが、その中で出会ったひとつがクンルンネイゴンでした。
周りの人たちが、エネルギーの流れに沿うように身体を大きく動かしていく中、なぜか私はほとんど身体が動かない。
「どうして私だけ違うんだろう?」
「もしかして、私には向いていないのかな?」
そんな疑問がきっかけとなり、私はKAN.さんに直接話を聞くようになりました。
その後、KAN.さんの個人セッションや沖縄でのリトリートに参加する機会にも恵まれました。
そこで私が受け取ったのは、「もっと何かを学ばなくては」という答えではありませんでした。
むしろ、その反対。
「もう準備はできている。次は、自分が伝える側になる時なのかもしれない」
という気づきでした。
この記事では、クンルンネイゴンを体験しても身体が動かなかった私が、KAN.さんとの個人セッションやリトリートを通して何を感じ、何に気づいたのかを、私自身の体験としてご紹介します。
KAN.さんとクンルンネイゴンとの出会い
私がクンルンネイゴンに出会ったのは、スピリチュアルなアロマや潜在意識について学びを深めていた頃でした。
香りや潜在意識だけでなく、身体を通してエネルギーを感じる世界にも興味を持つようになり、その流れでクンルンネイゴンを体験するようになりました。
私が参加したクンルンネイゴンでは、決められた姿勢をとりながら、自分で身体を動かそうとするのではなく、自然に起きる感覚や動きに委ねていきます。
参加している人の中には、エネルギーの波に乗るように身体がグルグルと動き始める人もいました。
ところが、私はまったくといっていいほど身体が動かなかったのです。
周りでは次々と身体が動いている。
でも私は静かなまま。
そうなると、だんだん気になってきます。
「私は何かできていないのかな?」
「エネルギーを感じる力が弱いのかな?」
「そもそもクンルンが向いていないのかな?」
最初はそんなふうに考えていました。
でも、その疑問があったからこそ、私はKAN.さんに直接聞いてみたいと思うようになったのです。
あるとき、私はKAN.さんに率直に聞きました。
「周りの人のように身体が動かないんです。私はクンルンに向いていないのでしょうか?」
するとKAN.さんから返ってきたのが、
「あなたはクンルンじゃないですよ。あなたは瞑想系の人です。サットサング(瞑想)にいらっしゃい。」
という言葉でした。
私はそれまで、身体が動かないことを、どこかで「できていない」と捉えていたのだと思います。
でもこの言葉を聞いて、
「みんなと同じ反応が起きなくてもいいんだ」
と初めて思えました。
スピリチュアルな体験というと、強烈な体感が起きたり、不思議なビジョンが見えたり、身体が勝手に動いたりすることが「すごい体験」のように感じることがあります。
でも、体験の現れ方は人によって違う。
身体が動く人もいれば、静けさの中で深く入っていく人もいる。
このとき私は、自分に合う探求の形は、人と比べて決めるものではないということを少しずつ理解し始めました。
KAN.さんの個人セッションで感じた「至福のエネルギー」
その後、私はKAN.さんの個人セッションを受ける機会がありました。
そこでも私は、クンルンについて同じような質問をしました。
「どうもクンルンをやっていてもしっくりこないんです。向いていないのでしょうか?」
するとKAN.さんは、こんな言葉をくださいました。
「クンルンをやっていると、せっかく川を渡って岸辺に辿り着いても、それに気が付かない人がいる。あなたは、私たち側の人ですよ。」
そして、そのとき私はKAN.さんからエネルギーを送っていただきました。
もちろん、ここからはあくまで私自身の体感です。
その瞬間、足元からじわじわと、温かなものが伝わってくるように感じました。
何かを強く押し込まれるような感覚ではありません。
むしろ、静かで、温かく、深い。
身体の内側から、ゆっくりと満たされていくような感覚でした。
私はそのとき、とても大きな安心感と、言葉では説明しづらい至福のような感覚を感じました。
そして同時に、
「もっと何かを身につけなければいけないと思っていたけれど、本当はすでに持っているものがあるのかもしれない」
と感じたのを覚えています。
沖縄のリトリートに参加した理由
その後、私は沖縄で開催されたKAN.さんのリトリートにも参加しました。

海で波と遊んだり、沖縄料理を楽しんだり、スピリチュアルな場所を訪れたり。
日常から離れた環境の中で過ごす時間そのものが、とても豊かなものでした。
「まだ時間が足りない。もっとここにいたい」
と思ったのを覚えています。
もともとこのリトリートに参加した大きな理由も、やはりクンルンネイゴンでした。
周りの人のように身体が動かない自分に対して、どこかにまだ、
「私は何か足りないのでは?」
という思いが残っていたのだと思います。
そして私は、もっと学べば分かるかもしれない、もっと体験すれば何かが開くかもしれない、と考えていました。
「もう、何かに参加する必要はありません」
ところが、そのリトリートでKAN.さんからいただいた言葉は、私の予想とはまったく違うものでした。
「もう、何かに参加する必要はありません。あなた自身がサットサング(瞑想会)をしなさい。」
この言葉を聞いたとき、私はハッとしました。
私はずっと、
「これを学んだら準備ができる」
「もう少し理解できたら始められる」
「もうひとつ何か身につけたら、人に伝えられる」
と思っていたのです。
でも、それはもしかすると、始めないための言い訳でもあったのかもしれません。
もっと学ぶ。
もっと準備する。
もっと誰かのところへ行く。
それ自体が悪いわけではありません。
学ぶことは楽しいし、素晴らしい先生から直接教わることには大きな価値があります。
でも、いつかは、
「教わる側」から「自分のものを伝える側」へ移るタイミング
が来るのだと思います。

身体が動かなかったからこそ、気づけたこと
振り返ってみると、私がクンルンネイゴンで身体が動かなかったことは、決して「失敗」ではありませんでした。
むしろ、それがあったからこそ私は疑問を持ち、KAN.さんに直接質問し、自分自身の探求の方向を見つめるきっかけを得ました。
もし最初から周りの人と同じように身体が動いていたら、私はそのまま、
「これが私の道なんだ」
と思い込んでいたかもしれません。
でも、しっくりこなかった。
だからこそ、
「本当に私に合っているものは何だろう?」
と考えることができました。
この経験から私が感じたのは、スピリチュアルな学びでも、人と同じ体験をする必要はないということです。
身体が大きく動く人もいる。
静かに瞑想することで深く入っていく人もいる。
映像として受け取る人もいれば、言葉や感覚として受け取る人もいる。
大切なのは「何が起きたか」よりも、その体験を通して自分が何に気づいたか。
私はそう感じています。
スピリチュアルな探求で「もっと準備しなくては」と思っている人へ
スピリチュアルな世界には、本当にたくさんの学びがあります。
次から次へと興味深いメソッドがあり、素晴らしい先生がいて、学びたいことが尽きません。
私自身、長い間そうしてたくさんのことを学んできました。
だからこそ、
「まだ足りない」
「もっと学んでから」
「もっと自信がついてから」
という気持ちも、とてもよく分かります。
でも、学び続けることと、自分自身を生きることは同じではありません。
あるところまで来たら、外側に答えを探すことを少し休んで、
「私は何を知っている?」
「私は何を伝えたい?」
「私自身のエネルギーを、どう表現したい?」
と、自分に問いかける時が来るのだと思います。
この体験から私が受け取ったこと
誰かと同じ体験をしなくてもいい。
もっと何かを身につけなければ、自分の道を歩めないわけでもない。
外側に答えを探し続けるのをやめたとき、自分の中にすでにあるものが見えてくることがあります。
準備ができたから始めるのではなく、始めることで、自分がすでに準備できていたことに気づくのかもしれません。
私にとってKAN.さんとの体験とは
KAN.さんとの個人セッションやリトリートで起きたことを、「こういう体験が誰にでも起こる」とお伝えしたいわけではありません。
これはあくまで、私自身がその時間の中で感じ、受け取ったことです。
でも私にとっては、大きな転換点になりました。
「もっと学ばなくては」から、
「自分が持っているものを、もっと外へ出していこう」
へ。
人の体験を追いかけるのではなく、自分の感覚を信頼する。
誰かの正解を生きるのではなく、自分自身の道を歩く。
スピリチュアルな探求の先にあるのは、もしかすると、さらに特別な何かになることではなく、
本来の自分として生きること
なのかもしれません。
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この記事を書いた人|長谷川暢子
ヒーリングサロンLe Blanc代表/シータヒーリング®マスター&サイエンス。16年間、潜在意識やスピリチュアルな学びを伝え、延べ7,500名以上の方に自分らしい人生を生きるためのヒントをお伝えしています。
